静岡地方裁判所 平成2年(わ)296号 判決 1990年9月12日
国籍
大韓民国(慶尚南道晋陽郡文山面葛村里)
住居
静岡県掛川市下俣南二丁目二一番四号
会社役員
金本栄達こと金栄達
一九三八年一〇月二〇日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官和田英一出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年六月及び罰金二七〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、静岡県掛川市下俣南二丁目二一番四号に居住し、同県小笠郡大東町中方字東柏田二六〇番地の一において、積栄工業所の名称で鉄骨加工業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、売り上げを除外するなどの方法により、所得の一部を秘匿した上
第一 昭和六一年分の実際の総所得金額が六四五八万四一二六円で、これに対する所得税額が三三〇三万六九〇〇円であるのに、昭和六二年三月一六日、同県掛川市緑ヶ丘二丁目一一番地四所在の所轄掛川税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一一七八万三六九五円で、これに対する所得税額が二五一万三三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により、同年分の正規の所得税額との差額三〇五二万三六〇〇円を免れ
第二 昭和六二年分の実際の総所得金額が八七九三万六五四五円で、これに対する所得税額が四四六六万六九〇〇円であるのに、昭和六三年三月一五日、右掛川税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一九七九万七七〇七円で、これに対する所得税額が五五五万三四〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により、同年分の正規の所得税額との差額三九一一万三五〇〇円を免れ
第三 昭和六三年分の実際の総所得金額が六一二三万五〇九四円で、これに対する所得税額が二六六八万円であるのに、平成元年三月一五日、右掛川税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一九四九万六〇九五円で、これに対する所得税額が四二〇万円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により同年分の正規の所得税額との差額二二四八万円を免れ
たものである。
(証拠の標目)
判示事実全部について
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する供述調書二通及び大蔵事務官に対する質問てん末書六通
一 金節子の検察官に対する供述調書及び大蔵事務官に対する質問てん末書三通
一 李点順の検察官に対する供述調書及び大蔵事務官に対する質問てん末書二通
一 金静子(二通)、松下貞男(二通)、河原崎茂(二通)、山口保久、塚本志朗及び住谷利夫の大蔵事務官に対する各質問てん末書
一 大蔵事務官作成の査察官調査書五通
一 川瀬実及び松下澄子各作成の回答書
一 大蔵事務官作成の証明書二通(記録証第一一七号、一一八号)
判示第一、第二の事実について
一 住谷利男、菅原卓及び松下晴美各作成の回答書
判示第一の事実について
一 古田貴子の大蔵事務官に対する質問てん末書
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書(記録証第一三五号)及び証明書三通(記録証第一一一号、一一四号、一一九号)
判示第二、第三の事実について
一 太田良一作成の回答書
判示第二の事実について
一 小野寺峻吾作成の回答書
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書(記録証第一三六号)及び証明書三通(記録証第一一二号、一一五号、一二〇号)
判示第三の事実について
一 大蔵事務官作成の脱税額計算書(記録証第一三七号)及び証明書三通(記録証第一一三号、一一六号、一二一号)
(法令の適用)
被告人の判示各所為は、いずれも所得税法二三八条一項に該当するところ、その免れた所得税の額がいずれも五〇〇万円をこえるので、情状により同条二項を適用し、各所定刑中懲役刑と罰金刑とを併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により判示各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び罰金の範囲内で被告人を懲役一年六月及び罰金二七〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。
(量刑の理由)
本件は、被告人が、三期にわたつて新規及び一部単発取引の売り上げを帳簿に記載しないという方法によつて不正に簿外資金を作り、その大部分を仮名、借名定期預金及び貸付信託として個人資産に留保した上で、所轄税務署長に対し虚偽過少の申告をして、自己の三期所得税合計金九二一一万七一〇〇円を免れたという事案である。
被告人の本件犯行は、ほ脱税額が高額であるだけでなく、ほ脱率も三期平均約八八パーセントという高率に昇る悪質なものであり、犯行動機も将来の不況及び老後の生活等に備え資産を蓄積しておきたいという個人的で身勝手なものであつて、特段の酌量の余地は存しない。被告人の脱税行為が、そもそも納税者の倫理性に対する信頼を前提とした申告納税制度を悪用し、国家財政の基礎である国の納税制度を根幹からつき崩すものであることを考えると厳罰をもつて臨むべきものといえる。
しかしながら、本件犯行の手口は、手形等で集金した売上を帳簿に記載しないという単純なものであつて、特段の秘匿工作をしていないこと、被告人には前科前歴が全く無く、本件を除いては一貫して真面目な生活態度が認められること、本件犯行を深く反省し、個人と企業との経理を明確に区分するため、これまでの個人企業を株式会社に組織変更し、現在は経理内容を適正確実に行つていること、本件犯行発覚後、青色申告の承認の取消し処分を受けた上、重加算税を含め税務上の義務を全て履行し終わつていること等被告人に有利な情状も認められるので、これらの事情を総合勘案して主文のとおり量刑し、懲役刑については執行を猶予することとした。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 青木正良)